くじら12番の投資日記

投資とかお金とか世の中とか。

シーゲル流 vsフィッシャー流投資 vs インデックス

投資の難しい点。それは行動は「買う」「売る」の2パターンしかないのに、その判断の基準となる考え方・哲学が無数に存在することでしょう。

 

株式投資の未来」を読んだときに、”成長の罠”という考え方を知ってものすごく納得し、これは確かにその通り、「配当こそが株式の価値の源泉である」というのを強く意識しました。

 

「フィッシャーの「超」成長株投資」を読んだら、(やるのは相当に大変だが)これこそが真のトップを取れる手法だ!(しかも具体的なタイミングやバランスなどまで具体的にある)素晴らしい本だ、と感銘を受けたものです。

 

一度冷静になろう、と「ウォール街のランダムウォーカー」を読めば、「いやいや結局下手にやってもインデックスに勝てない可能性が高いなら、インデックスでいいのでは?」と納得しかけたりするのです。

 

個別にはもっと細かくあるのでしょうが、大まかに分けると上の本をベースにした3つが今の基本的な投資観の原型になっているでしょう。

 

基本的には以下のような理解です。

 

フィッシャー流本当のグロース企業発掘・・求められるセンスと労力はトップ、リターンもトップ。センスなければ最低のリターン。本質をついているという点において圧倒的良書だが、「期待に対してどうか」「適正価格は」ということへの言及が少ないので真に受けて中途半端にやるとイチコロ。

 

シーゲル流永続する企業投資・・理論上はベストに思えるが、生き残り企業が高いリターンをもたらす、のは過去に遡ればある意味当たり前のこと。事前にフィリップモリスが生き残ることを予見できたのか?というのが鍵で、一部の高配当企業に集中すればリターンが高かったというのは結果論にすぎないという弱点がある。わからない未来にかなり賭けているということであれば、基本的に高いリスクを取っているだけ。

また、50年という超長期のスパンで見ているのもキー。ここまで長いと、少なくとも永久ホールドなら成長企業より配当株のほうがうまくいきやすいと思う。

さらに、税制が日本と違うのも鍵。配当が有効なのは再投資できるため現在価値が高いからだが、この都度米国株なら二重課税で税額が大きいのはそのメリットをかなり減らしてしまう。キャッシュフロー重視の考え方でいくなら不動産投資でもやればいい。

なおそれらの欠点があっても企業統治や株主への姿勢の観点からも、配当の意味は大きいので、それを明示しているだけでもこの本の提案は素晴らしいと思う。

 

インデックス・・・ボラティリティを減らしつつリターンを得たいなら、ベスト。

でも、定義によっては低いボラティリティ=低いリスク ではない。

 

 

 

さて、ここから先は個人の状況や経験・センスによってもどの理論をベースにするのがいいのか?というのは変わってくるはずです。

 

 

 

まだ投資は始めたばかりではありますが、

ビジネスの経験などから考えても基本的にはそこまで学習や調査に時間を割けない人は「インデックス一択」という考えには100%同意です。

優良なインデックスは構造から見てもかなり優れた商品だと思います。

 

が、投資をライフワーク的にやるからには、やはり高いレベルを目指したい。

 

なので、個人的にはフィッシャー流に近い手法を取りたいと思います。

 

フィッシャーは「きちんと選んだ企業には売り時などほぼ存在しない」と言っていますが、例えば人間の寿命が伸びたり事業のライフサイクルが短くなれば、「生きている間には結構最初の成長原則が企業に当てはまらなくなり、頻繁に売り時に遭遇する」のです。

売り時は非常に優れた相場感覚を持たないと、買う瞬間以上に主観的・感情的に判断してしまいがちです。

繰り返した売買がトータルリターンを圧迫することは明らかな上、その判断も正しくないとしたらリターンは低下する一方のはずです。

 

だからできる限り売却をせずにすみ、余剰資金では同じ企業を買い続ければいい、という対象を見つけることで判断ミスを減らせるという意味において、「できるだけ長い期間平均を上回る成長を続ける」企業を見つけるということがベストな方法であることは間違いないでしょう。

 

 

また長いスパンで観ておけば、真の優良企業であれば成長が鈍化したころでもせいぜい株価は横ばいで済むはずなので、売却タイミングを多少はずしてもそれまでの素晴らしいリターンが少し低下する程度の話です。

これが砂上の楼閣だけで成り立っている企業の株であればそうは行きません。

求められる空気読みのレベルが変わるのです。

 

したがって、きちんと選ぶことができればある程度の「集中投資」はボラティリティーこそ高くても本質的リスクは抑えることができます。

 

平均の人生を越えたいなら、リスクを取れ!ということなんだと思います。

そしてその取ったリスクは、「一見」リスクに見えるだけで本質的にはリスクではありません。

 

ただ、どこまで調べても未来は一定レベルで不確実です。

交通事故に気をつけても事故にあう可能性はなくなりません。

 

それでも、事故を怖れるあまり外出をやめシェルター内でしか行動しないというのは、それこそ利用可能性ヒューリスティックに惑わされた判断ミスでしょう。

 

いいリスクをとって、充実した投資家ライフを過ごしたいですね。